ツイッターの投稿をしながら考えたことです
まず、該当のツイッターの投稿を5つ並べます
T:欲があるから苦しみが生じるのだ、という仏教の言葉を思い出しました。ブログの検索アップ対策とか、ツイッター検索への表示とか、そういう欲があるから「何をしても改善されない」という苦しみを生むのでしょうね。
T:その仏教の言葉を実践して、不必要な「欲」がなくなれば、あるがままに、淡々と、ブログを更新し、ぼつぼつとツイートをつぶやく生活ができるのでしょう。きっと。
T:では、そういう苦しみの元になる「欲」を断つにはどうすればいいか。まずその「欲」を増幅させることにつながる「ブログをはじめるにはこの設定は必須」とか「ツイッターの便利機能はこれ」というようなサイトを見ないようにしようと思う(あくまでも個人の感想です)。
T:そういう「便利さ」を最初から知らなければ、「いいなー」と思うこともないし、「いいなー」と思わなければ、「自分もそうしたい」という「欲」もでなくなるから、結果、その「欲が叶わないという苦しみ」はなくなるはず(あくまでも個人の感想です)。
T:ただ、「ブログではこういう設定をしておこう」とか「ツイッターにはこんな便利機能があります」という記述は、bloggerやTwitterの「ヘルプ」にも書かれていることなので、結果、「ヘルプ」も見ないほうがいいか。ということになるのでしょう(あくまでも個人の感想です)。
つまり
「便利さ・お得」→「欲」→「叶わない」→「苦しみ・悲しみ」
ということです。
そのいちばん元になっているのは「便利さ・お得」といった情報です。
それがなければ「欲」が増幅することもない。
だから「便利さ・お得」という情報に触れるのはほどほどにしよう
ということなのです。
が、しかし、じゃあ「便利さ・お得」になぜ心がひっかかるのか
それは、さらにその奥に「欲」があるからです。
「ブログで人に自分の意見を主張したい」とか
「SNSを通じて認められたい」とか
そういう欲求です。
本来の目的はそうじゃなかっただろう!
ということをきちんと自分に言い聞かせないと
すぐに「欲」にとらわれてしまいますね。
しかしながら、その「欲」を巧みにつかんで
「欲」を「必然」に置き換えて他者に提供することができる人は
この競争原理・市場原理の社会で
経済的に成功するのだと思います。
たぶん。
そして何かをつくりだすには
欲は必要なのです。
たぶん。
生きるためにも
必要なのです。
余分な欲がいらないのです。
たぶん。
でも人生に余計なものなどない
という人もいます
が、
それで前に進めなくなるくらいなら
不必要な欲は
とりあえずちょっと傍に
おいておこう。それでもいいよね。
たぶん。
2017.3.25 him&any
©2017 him&any
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